緋色は今日も、男物の服を着ている。
なぜ彼女が高校時代を男子生徒として過ごしたのか、僕は知らない。
そもそも僕は、彼女についてなにも知らないのかもしれない。
そして僕が知らない彼女のことを、……深神さんやハルカは知っている。
「……あおちゃん、どうしたの? ぼーっとしてるけれど……もしかして、具合わるい?」
「ううん。元気だよ」
僕は笑って見せた。たぶんうまく笑えたと思う。
そう。……僕はずっと、緋色のことが好きだった。
それはもちろん、深神さんやハルカに向けるものとは、まったくちがう意味で。
「うーん。元気ならいいんだけれど……」
心配そうに僕を見ていた緋色だったが、すぐにぱっと明るい表情になる。
「じゃあ、目的地変更っ! どこか別のところに遊びに行こうよ!」
おや、と僕は思う。
その提案は、かつての金曜日にはなかった。
「うん、いいよ。……でも、深神さんのことはいいのか?」
三日まえのとおりなら、深神さんのところへ向かう理由は、たしか買いすぎたケーキだ。
深神さんとケーキは、最悪の組み合わせだ。あればあるだけ食べてしまう。
それを阻止するために、僕と緋色がケーキの数を減らす作戦のはずだった。
「うん! せっかく学校を休むんだもん、どうせならふだん行けないところ……そうだ、遊園地に行こうよ、遊園地!」
「……それはまた、極端だな」
「ほら、地下鉄で何駅か行ったところにあるでしょ? あそこに行きたい!」
「そうと決まれば善は急げだ。はやく行こう」
「あっ!? ちょっと待ってよ、あおちゃん! そんなにいそがなくても、遊園地は逃げないよ!」
緋色が駆け足で追いかけてくる気配を背中で感じながら、僕は足早に駅へと向かった。
このまま、なかったことにしたかった。
できることならあの七月七日を、忘れてしまいたかった。
今日が終われば、また七月五日が来て、六日が過ぎて、七日がやってくる。
それはもちろん、緋色たちのいる七月七日。
緋色がとなりにいるこの瞬間がまぼろしだなんて、考えたくもなかった。