7月7日(--) 59時22分 -- 03


深神探偵事務所のビルのまえにたどり着いた僕は、頬が濡れていないかどうか、もう一度確かめた。

「……だいじょうぶ」

涙はもうすっかり乾いている。
あれだけ歌って、あれだけ泣いたおかげで、僕の心はだいぶ晴れやかになっていた。

僕はためらわず、事務所の扉を開けた。

事務所のカギは開いていた。
なかへ足を踏み入れ、声をかける。

「……緋色?」

しばらく入り口で待ってみたが、緋色が出てくる気配はない。

事務所に来るまえに連絡をとっておくべきだったか。
僕は改めて緋色に電話をかけようと思ったところで、いつもの事務所にはないものを見つけた。

それは、テーブルに置かれたお菓子のカゴのとなりにあった。

細い笹が挿してある、小さな花びん。
よく見てみると笹の葉には、小さな短冊がいくつもぶら下がっていた。

「そうか……七月七日は、七夕だったっけ」

七月七日、短冊に願いごとを書いて笹につるすと願いが叶うという。

この異様な世界のなかでは、その存在をすっかり忘れていた。
僕は少しだけ頬の力をゆるめ、短冊をひとつずつ手に取りながら、それを読んだ。

『依頼が増えますように 宝くじが当たりますように 深神』

深神さんの願い事の書かれた紙だった。
……なんて切実なんだ。まあ、彼らしくはあるけれど。

僕は次の短冊を手に取った。

『深神さんに彼女ができますように 白河ハルカ』

今度はハルカだ。 深神さんのために願うなんて、あいかわらずのお人よしだった。
……そして次の短冊を手に取った瞬間、僕は息をのんだ。

『みんながしあわせに過ごせますように 西森蒼太』

書いた覚えのない願い。
しかしそこに書かれている文字は、たしかに僕のものだ。
よく見ると、僕のものだけ短冊ではなく、メモ帳の切れはしに書かれている。

背筋に冷たいものが走る。
……短冊は、あともう一枚、吊るされている。

恐る恐る手をのばすと、その短冊にはどこか弱々しく、頼りない小さな文字で願いが書かれていた。


『三日まえからやり直せますように 宮下緋色』


みしり、と背後で床が鳴った。

そこには宮下緋色が立っていた。
僕と目が合った緋色は、

「ああ、気づかれちゃった……」

と、疲れたような笑みを浮かべた。

彼女が立っているのはキッチンではない。それなのに、

……その手には包丁が握られていた。