微弱な音が、どこからか聞こえてくる。
どうやらそれは、道の真んなかに落ちている音楽プレイヤーからのようだった。
その音楽プレイヤーを拾い上げた僕は、本体にささりっぱなしのイヤホンに、耳を近づけてみた。
そこから聞こえてきたのはイタリア歌曲だった。
暗く、重苦しい曲調。
ふつうならこんな曲を、わざわざプレイヤーに入れたりはしないだろう。
ここからすぐ近くにある大学には音楽科があり、僕もそこの生徒だ。
選曲から考えて、このプレイヤーの持ち主も僕と同じ音楽科の生徒なのかもしれない。
それにしても、と僕は考える。
なぜ機械を通して音楽を聞くと、より無機質に、無感情に、乾いて聞こえるのだろう。
人間の耳には聞こえない周波数のノイズをカットしているせいだ、と聞いたことがある。
しかし、聞こえていないものが失われただけなら、なんの変化も生まれないはずだ。
僕はプレイヤーの停止ボタンを押した。
いままで流れていたイタリア歌曲は、余韻などみじんも残さずに、すっ、と世界から消えていった。
まるで、いままでなにも聞こえていなかったかのように。
その音楽が、はじめからこの世に存在していなかったかのように。
……七月七日、月曜日。もうすぐ正午。
世界はおそろしいほどに静かだ。
鳥のさえずりは聞こえないし、動くものはなにも見えない。
僕が先ほどから立ちつくしているこの場所は、東京の池袋駅東口前の五差路交差点。
もちろん人は、だれもいない。